誰かに最適な方法は、別の誰かには全く役に立たない。
なにか一つのことをやろうとした時に、人によって得意なやり方は、かなり違う。
例えば料理。
「だまされたと思って試してほしい 料理の新常識」という本がある。塩分濃度を0.9〜1%になるよう、全ての材料をはかりできっちり計って、さらに弱火でじっくり時間をかけて作ることで、安定した味の料理にすることができる、と説く本だ。
割となんでもきっちり計りたい派の私は、この本の、特に塩分に関する考え方にかなり助けられている。
なぜかというと、料理を作る時、買ってきた肉の量が、レシピに書かれている通りだなんていうことは、まずありえないからだ(パックによって255gだったり300gだったり333gだったりと、割とバラバラである)。
この本を読むまでは、その差分の調味料の調整をするのが面倒だといつも思っていた。「適当によしなにやる」というのがあまり得意でない私は、調味料を適当に調整すると今ひとつの味になってしまうことがよくあったのだけど、全体量の0.8〜1%の塩分だと味が決まりやすい、ということがわかったので、今では、塩を使うにせよ、醤油を使うにせよ、そう大きく味を外すことはなくなった。
(醤油は、塩分17%の濃口醤油であれば、大さじ1杯がだいたい2.5g--小さじ半分くらい---なので、今日は醤油の香ばしさはあまり欲しくないから塩で置き換えたいな、なんていう時も、スイスイっと計算できるようになった)
とはいえ、この本のレビューはかなり賛否両論だ。
私のように感じて絶賛するレビューが沢山ある一方で、面倒だ、時間がかかる、言うほどには美味しくない、などなど、否定レビューも結構多く、否定の内容も様々だ。
大事なのは、その方法がその人に向いているか、そうでないか
これらのレビューから分かることは、誰の言っていることが正しいとか、この方式が家庭料理レシピとして優れているかそうでないか、ということではない、と思う。
そうではなくて、単純に「その方法がその人に向いているか、そうでないか」というだけのことだ。
こういう賛否両論の本ほど、広く汎用的であることを目指していない分、その本の内容がぴったりフィットするタイプの人にとっては、この上ない味方の本になってくれるように思う。
よく考えると、世の中のたいていのことについて、これが言えるのではないか。
自分にフィットする、向いている方法をいち早く見つけて、それを繰り返し実践すること。それが、成長への一番の近道ではないだろうか。